大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和36年(ワ)375号 判決 1963年4月20日

判   決

スイス国チユウリツヒ・タラツケル二一

原告

ザ・フエデラル・インシユアランスコンパニー・リミテツト

右共同代表者支配人

アルウイン・キユンツラー

同副支配人

ワルター・メーリコツフアー

右訴訟代理人弁護士

小林一郎

東京都中央区日本橋室町二丁目一番地一

被告

三井船舶株式会社

右代表者代表取締役

進藤孝二

右訴訟代理人弁護士

大橋光雄

右当事者間の損害賠償請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し二、、四六一、六一五円二〇銭及びこれに対する昭和三六年一月三一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因及び被告の抗弁に対する答弁として次のとおり述べた。

一、(訴外エフ・ベルサニーの被告に対する損害賠償債権)

1  訴外エフ・ベルサニーは一九五九年(昭和三四年)九月被告に対し、その所有の汽船明哲丸によつて、ジプサムタイル、シンテリツトタイル隙箱四一三個外三点包の数合計五一三個を、イタリー国ジエノア港からリベリヤ国モンロビア港まで運送することを委託し、右運送品を被告に引渡した。

2  被告は運送を引受け、ジエノア港において、右運送品を明哲丸に船積し、同年同月二日船荷証券を作成し、これを同訴外人に交付した。

3  同訴外人はその直後ころ訴外リベリアン・コンストラクシヨン・コーポレーシヨン(以下リベリアンという)に右船荷証券を裏書譲渡し、リベリアンは同年同月七日以前からこれを適法に所持していた。

4  被告は同年一〇月二二日モンロビア港において荷揚し、リベリアンは船側において右運送品の引渡を受けた。

5  右船荷証券には、右運送品を外観上良好な状態において、(in apparentgood order and condition)船積したこと、及びその他の必要事項の記載があるとともに、船荷証券約款第三条中に右船荷証券に関する紛争については日本国の法律が適用される旨の記載があり、これをもつて被告とリベリアンは右のとおり準拠法の指定をした。

6  ところで右の引渡を受けた際、すでに右タイルの内九五パーセントが破損していたので、リベリアンは翌二三日被告あてに書面をもつてその旨の通知を発した。

7  荷送人の訴外エフ・ベルサニーは右タイルを厚さ一、五センチメートルの板でつくつた隙箱に入れ、その間に緩衝用の波型の繊維板をはさみ、わらで包んで完全に包装し、かつ無きずのタイルを被告に引渡し、被告も前記の船荷証券(無故障船荷証券)の記載をもつて船積当時、右タイルの荷造が目的地に完全に運送するのに十分な状態にあつたこと、及び右タイルが無きずの状態にあつたことを承認した。ところが、被告の使用人が受取以後引渡前までの間に、不注意な取扱によつて、前記のとおりタイルの内九五パーセントを破損させた。このためリベリアンは次のとおり、破損した分のタイルの陸揚港のモンロビア港における価格米貨六、八三七、八二ドル相当の損害を被つた。

8  したがつて、リベリアンは被告に対し、前記船荷証券上の完全なタイルの引渡義務の不履行に基く損害賠償債権米貨六、八三七、八二ドルを取得した。

二、(原告の右損害賠償債権の取得)

1  他方原告はスイス国チユウリツヒにおいて同年九月七日右船荷証券の所持人のリベリアンとの間に、右タイルの隙箱四一三個外三点包の数合計五一三個の積荷につき、モンロビヤ港において引渡されるまでの間に生ずる損害を填補するため、保険金額を米貨八、五〇〇ドルとする海上保険契約を締結した。

2  原告はリベリアンから前記一のタイルにつき生じた損害及びその他の積荷につき生じた損害につき、右保険契約に基づき保険金の支払請求を受け、一九六〇年(昭和三五年)二月一九日リベリアンに対し、右タイルにつき生じた全損害等の填補のため保険金米賃七、三〇一、一九ドルを支払い、したがつて原告はスイス国の法律によつて右タイルの損害につき支払つた保険金の範囲内で、リベリアンの被告に対する前記一の8の損害賠償債権を取得した。

三、よつて原告は被告に対し、右損害賠償債権米貨六、八三七、八二ドルを邦貨に換算した二、四六一、六一五円二〇銭及びこれに対する本件訴状送達日の翌日である昭和三六年一月三一日から支払ずみまで商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

四、被告は第二回準備手続期日において前記一の6のとおりリベリアンが一九五九年一〇月二三日破損の通知を発したことを自白し、第一三回準備手続期日において、右日時を同年一一月一四日と訂正すると陳述したが、これは自白の取消であるから、これに異議がある。

五、1 後記被告主張一の3のとおり、船荷証券に「内容不知」と記載されていることは認めるが、この不知約款は前記一の7の承認の効果に何らの影響を及ぼさない。したがつて被告は国際海上物品運送法に規定する免責事由を立証しない限り、損害賠償責任を免かれることはできない。

2 (被告主張一の4、5に対して)仮に被告がその主張のとおり、右タイルの隙箱を外観上完全な(apparently sound)状態で引渡したとしても、これはタイルの隙箱の包装が外観上完全な状態にあつたことを意味するに過ぎず、タイルを外観上完全な状態で引渡したものではない。したがつて被告は依然として右1のとおり免責事由を立証しない限り、損害賠償責任を免がれることはできない。

3 (被告主張一の6に対して)被告は右船荷証券に「外観上良好な状態において船積した」との趣旨を記載した以上、この記載に反し、タイルの荷造が不完全であることを主張することは許されない(同法第九条)。

六、被告主張二のとおりの免責約款の記載のあることは認める。仮に被告主張の特約が成立したとしても、この特約は同法第一七条第一六条但書の規定により無効である。

証拠(省略)

被告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、答弁及び抗弁として次のとおり述べた。

一、原告主張の一の1ないし5の事実は認める。同6の事実中タイルが九五パーセント破損したことは否認し、破損の通知の点については、(第二回準備手続期日において)「リベリアンからの通知のあつたことの大筋は認める」と陳述したが、(第一三回準備手続期日において)この点につき「リベリアンは一九五九年一一月一四日被告にあてて損傷の通知を発したものであり、同法第一二条第一項の規定する三日以内に通知を発しなかつた」と補充する。同一の7の事実中、タイルの隙箱の外観が良好の状態であつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

同二の1の事実は知らない。同二の2の事実は否認する。仮に原告がリベリアンに保険金名義の金員を支払つたとしてもリベリアンにおいて被告に対し、損害賠償債権を有していないから、原告がその主張の債権を取得するいわれがない。

2 仮に原告がその主張の日時に破損についての通知書を発したとしても、右書面には、破損の概況が記載されていないから、同法第一二条第一項の通知ということはできない。したがつて、通知がなかつたことになるから、右タイルは損傷がなく引渡されたものと推定された。

3 本件船積証券上の「外観上良好な状態において」なる趣旨の記載は運送品の外観についての記載であつて、運送品が包装され、外部から運送品の中味をみることができない場合、運送品の中味が良好な状態にあることをも保証する文言ではない。しかも被告は本件タイルが包装のため外部からみることができなかつたので、右タイル自体が良好な状態にあることまで保証するものでないことを明確にするため、右船荷証券に「内容不知」(contents unknown)と記載した。

4 被告及びその使用人は右タイルの隙箱の受取、船積、積付運送、保管、荷揚及び引渡につき十分な注意を尽した。特にその荷揚にはスリングの代りにパレツトを使用した。そして被告はリベリアンに右タイルの隙箱を外観上完全な(apparently sound)状態で引渡した。

5 かように被告が右タイルの隙箱を外観上良好な状態で受取り、そして外観上完全な状態で引渡したときには、右船荷証券上の「外観上良好な状態において」なる記載は、被告が右タイルの隙箱の受取以後引渡以前までの間に、右タイルを破損させたことを推定させる効力をもつものでなく、かえつて、被告が外観上完全な状態で右タイルの隙箱を引渡したことによつて、右タイルが受取以前または引渡以後に荷送人または荷受人によつて破損されたものと推定されしたがつて、原告は被告が受取以後引渡以前までの間に右タイルを破損させたことを立証しなければならない。

6 仮に右タイルが被告の受取以後引渡以前までの間に破損したとしても、右タイルの荷造の不完全によるものである。すなわち、包装の内部のタイルのつめ合せが不完全でありかつ緩衝材を十分に使用しなかつたことによつて、右タイルが、被告において十分に注意して取扱つたのにかかわらず、破損したのである。

二、被告は本件船荷証券約款第一四条をもつて、壊れやすい運送品を専ら荷送人及び船荷証券の所持人等の危険において運送する旨を定め、かつタイルが壊れやすい運送品にあたるから右約款によつて船荷証券の所持人のリベリアンとの間に、タイルの破損による被告の損害賠償の責任を免除する旨の特約が成立した。なお、「壊れやすい運送品」は同法第一七条の規定する特殊な性質の運送品にあたる。

証拠(省略)

理由

一、原告主張一の1ないし5の事実は当事者間に争がない。

二、証人田辺良夫の証言によつて真正に成立したと認められる甲第七号証によれば、訴外ロイス代理店の検査員が一九五九年一〇月二六日荷受人のリベリアンの倉庫において、原告主張のタイルの隙箱四一二個を検査したところ、ジプサムタイル中九五パーセントが破損していたことが認められ、他にこの認定をくつがえすにたる証拠はない。

そこで右タイルが被告の受取以後引渡以前までの間に破損したものであるかどうかについて検討するにあたり、リベリアンの破損の通知及び本件船荷証券上の「外観上良好な状態において船積した」との趣旨の記載の効力について考察する。

(破損の通知について)本件記録によれば、被告訴訟代理人が本件第二回準備手続期日において「リベリアンから通知のあつたことの大筋は認める」と陳述し、さらに第一三回準備手続期日において「リベリアンは一九五九年一一月一四日被告にあてて通知を発した」と陳述していることが明らかであるが、前者の陳述内容はかならずしも明確ではなく、これをもつて、被告訴訟代理人において、原告主張の同年一〇月二三日破損についての通知を発したとの事実を自白したものいうことはできないから、原告の異議は理由がない。しかし、前掲の証言によれば、甲第三号証(損害通知書)はリベリアンが被告にあてて発した損害通知書の謄本であり、かつこの謄本はリベリアンが作成したものであることが認められ、その謄本中の文書発送日附が真実に反して作為されたものとすべき反証もないからこれによればリベリアンは前同日被告のモンロビヤ代理店にあてて破損の通知書を発したこと、右破損につき訴外ロイズ代理店の検査を受けることを知らせたことが認められ、成立に争のない甲第四号証(損害通知受領書)だけでは、右通知書を発した日時の認定をくつがえすことはできない。したがつてリベリアンは国際海上物品運送法第一二条第一項に規定する三日以内に被告に損傷の概況の通知書を発したものということができるから、同条第二項の規定によつて、右タイルが損傷なくリベリアンに引渡されたものと推定されることはない。

次に前記一の争のない事実のとおり、本件船荷証券には「外観上良好な状態において船積した」との趣旨の記載があり、原告は被告が右記載文言によつてタイル隙箱の包装のみならず、タイル自体をも良好な状態において船積したことを承認したものであると主張している。

ところで成立に争のない甲第一号証及び前掲の甲第七号証によればタイルはわらで包まれ、隙箱との間に緩衝用の波型の繊維がはさみこまれていたことが認められるので、外部から隙箱の中味のタイルをみることができなかつたと判断される。この場合においては、右記載は外部から認められるタイルの隙箱の状態が良好であることを認めたことを意味するに過ぎず、中味のタイルが破損していない良好な状態であることをも承認したことを表示するものでもなく、またそのような承認を当然に法律上推定させる効力を有するものでもないと解するのが相当である。

もつとも、右記載かあることで直ちに被告が中味のタイルの状態について承認をしたことにならないとはいうものの被告が右積荷を受取つたときにその積荷が外観上良好であつたならば中味も恐らく良好であつたであろうとの事実上の推定をなし得るということはできる(このことは船荷証券に内容不知約款が付いていても変りがない。)

しかしながら、前掲の甲第七号証によれば、リベリアンが被告からタイルの隙箱の引渡を受けたとき、その荷造が外観上完全な状態であつたことが認められ、前掲の証言によつて訴外モンロビア港湾管理会社が真正に作成した謄本であることの認められる甲第五号証には右認定を反する記載はあるが、右甲第七号証はその記載自体から当裁判所に顕著な国際的に権威のあるロイズ代理店の検査員の作成にかかるものであるから、右第五号証の記載部分はたやすく信用できない。

そうとすれば、積荷が被告によつて受取られたときと同様、積荷が引渡されたときも外観上良好であつたならば、その引渡のときもまた中味も恐らく良好であつたであろうとの事実上の推定ができるものというべきであつて、船荷証券上の「外観上良好な状態において船積した」との趣旨の記載に基づく前記事実上の推定力は新に右荷卸しの場合の事実上の推定力によつて消滅し、結局右記載は包装の内部のタイルが破損していたかどうかについては、荷卸し後まで続くものではないと解するのが相当である。

したがつて原告は船荷証券上の右記載に関係なく、タイルが被告の受取以前までの間に破損したことを立証する責任があるというべきところ、前掲の甲第七号証(損害検査報告書)の末尾には、右破損は荷卸中に発生したものと思われる趣旨の記載があるが、ロイズ代理店の検査員は引渡しの日から四日後の一九五九年一〇月二六日保管中の倉庫内において、タイルを検査したことが認められ、右記載内容は検査員の推測に基づくものであるが、その推測の合理的根拠が十分に示されていないから、右記載内容はたやすく信用できず、前出甲第五号証の記載が信用し得られないことは前記のとおりでありその作成日附は同じく同年一〇月二六日であることからしても信用度が薄い。)また前掲の証言によつて真正に成立したと認められる甲第六号証(陳述書)には、モンロビア自由港埠頭監督官の訴外ブルノ・ラスジエが被告の代理店に対し、タイルの荷揚に際し、パレツトを使用するように勧告したが、これに従わずにスリングを使用した趣旨の記載があるが、これは証人砂川一郎の証言及びこれによつて真正に成立したと認められる乙第一号証の記載に照らしたやすく信用できず、さらに右甲第六号証には、荷役人夫が注意してタイルの隙箱を取扱わなかつたこと、及び右隙箱を入れたスリングが艙口の縁にあつたことも破損の要因であるとの趣旨の記載があるが、同訴外人が明哲丸の荷揚機具の取扱方法について監督的立場にあつた者かどうか、及び同訴外人がタイルの隙箱の荷揚の現場に居合せたものかどうかかなり疑わしく、かつタイルの破損原因に関する記載内容が同訴外人の意見にわたる部分が多く、したがつて右記載をもつて直ちにタイルが荷揚中に破損したと断定することはできない。

その他原告主張のタイルの破損が被告の受取以後引渡以前までの間に、被告の使用人の取扱中に生じたことを認めるにたる証拠はない。

三、そうすると、被告が完全なタイルを引渡す義務に違反したものということができないから、被告はリベリアンに対し前記のタイルの破損につき損害賠償の責任がないものといわなければならない。

四、してみると、リベリアンにおいて被告に対し損害賠償債権を有することを前提とする原告の本訴請求は、その余の点の判断をするまでもなく、失当であるから、これを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第一二部

裁判長裁判官 畔 上 英 治

裁判官 岩 村 弘 雄

裁判官 鹿 山 春 男

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例